宿題・担任制・中間期末テストなど…学校の「当たり前」を見直して変えていった東京都千代田区の公立中学校。
「生徒のためになるか」という基準を第一に、教育を現場から変えていく取り組みを紹介する本の紹介です。
特に大切なポイントを抜粋しました。気になった方は是非、買って読んでみてください!
【ダイジェスト】
▶ポイント
目的と手段を取り違えない
上位目標を忘れない
自律のための教育を大切にする
▶宿題:ただ「こなす」だけになっていませんか
分かっている生徒にとっては無駄な作業、分からない生徒には重荷になっている。
⇒「分からないところをやっておいで」
学力を高めていくには、
自分が「分からない」問題を「分かる」ようにするプロセスが必要。
ⅰ)聞いたり、調べたりする
ⅱ)繰り返すこと
自律的に学ぶ経験を積まないと、決して工夫して仕事ができる人にならない
▶定期考査:成績を「ある時点」で確定させることに意味はない
これも極端に言えば、通知表をつけるためにある。
5月時点で解けなくても、7月までに習得していればよい。
学習に、早い遅いは関係ない。
⇒再チャレンジ可能な単元テストを実施。全員に「5」がつくこともある。
▶生徒指導:それは本当に必要な指導ですか?
教員が、子供の指導・支援で用いる言葉は、子供のその後の生き方・価値観に影響する大切なメッセージ。
子供が行った行為一つ一つについて何が重要なのか、本質的に悪い事なのかどうか、その軽重をよく考えて、指導しなければならない。
⇒どうでもよいことと、どうでもよくないことを、分けて叱りませんか?
▶書く指導:他者意識が欠如している
作文は読み手を想像しながら、文章の構成や書き出しを工夫して、読んでくれる人の興味関心を喚起しようとするものです。
そうした「他者意識」があってこそ、「伝わる」文章を書くことができるようになります。
▶Not心の教育:行動こそが大切
心のありようは問題ない。
心の底から優しい事をしたいと思っているのに、行動できない人
純粋な理由ではないけれども、良いことを行っている人
⇒人は行動こそが大切だという「行動の教育」を伝えていきたい
Cf. みんな仲良くしなさい…コミュニケーションが苦手な子供は苦しい思いをする
人は仲良くすることが難しい、ということを伝える
▶固定担任の廃止
▶学校は何のためにあるか?
社会では、「コミュニケーション」と「経済活動」を行うための2つのスキルが必要
学校は、そのための一つの手段に過ぎない
江戸時代の寺子屋:学びのスタイル=社会のスタイル
ⅰ)カリキュラム
実社会においてコミュニケーションや経済活動に結び付いた知識・技能
ⅱ)教え方・学び方
自学と学び合いが中心
▶問題は作られる
大人たちが問題と捉えるからこそ、それが問題行動とみなされてしまう。
▶未来を生きる子供たちに必要な力
実践を通じて社会で役立つ力を身に付けられる
学習指導要領にどう当てはめるかを考えることよりも実社会を見て、
これからの時代を生きていくうえで何が必要な力なのかを考え、授業の中身を組み立てること
▶社会とシームレスな問題解決型カリキュラムづくり
これまでの学校教育
教師自身が適切な場面に適切な言葉で、生徒が身に付けた力を価値づけたり、位置づけられてこなかったために、
「みんなで頑張った」といった情緒的な言葉で、単なるサクセスストーリーとして終わらせてしまったり、感動的な青春ドラマのような形にまとめられていた。
そのような意味づけ程度では、将来、課題が生じたとき、「あの時は仲間がいたけれども、今はいない」「環境が違うから解決できない」と、
周りのせいにして諦めてしまう人間しか育たない
この本で紹介されている様々な取り組みの根底にあるのは、
実はとてもシンプルな原則です。それは「教育の本質を生徒の中に求める」ということ。
ただし、共通の目的意識を持ち、生徒・教員・地域・保護者が合意形成して、
それらを実現する道のりは簡単ではなかったと思います。
さて、下関市内の公立中学校は…
・教師が板書を丸写しさせて、ノートの正確さを採点する
・夏休みの宿題の解答を渡さないから、生徒が自分で採点できない
・塾で習ってるから大丈夫だよね、と言って授業を端折る
・英文や和訳を意味もなく写経したり、英単語を何回も書かせるシートを宿題にする
など、前時代的な教育から抜け出せずにある部分がたくさんあります。
これらが根本的に変るためには、かなりの歳月が必要になるかもしれません。
そうした学校環境だからこそ、より一層、
子供たちは自律した学習スタイルを身に付けることが求められます。
学校が変わるのを待っていてる間にも、子供たちは成長します。
私たちの塾はもちろん、生徒・地域・家庭にできることは、沢山あると思います。
本質的な目的に向き合い、
今日から変えられることを、変えていきましょう。